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覚めない夢でありますように「オセドウ貝塚」

まず、加藤ミリヤでだいぶヤバイのにfeatが吉田兄弟!!



え~~っと、長距離じゃないドライブに行きました♪
結果、普通に考えれば長距離です(爆)
ブラブラすぐ帰れる津軽辺りをドライブしていましたが、実はまだ好きなのによく知らない場所がありました・・・
中世十三湊のまだ知らない場所があって、気になっていて行けないよく分からない場所がありました・・・
それは、「オセドウ貝塚」
それと共に、「神明宮」
おせどう1
この辺りは、私大好き津軽十三・・・
付近に福島城址、唐川城址、山王坊遺跡、鏡城址、など・・・
まだ未だに解明されていないファンタステイックな歴史が謎多い場所・・・
これは調べるのにだいぶ大変だな~・・・って思って、端折って紹介(爆)
おせどう2

こちら、青森県五所川原市の相内地区での祭り「虫送り」で使われる虫・・・
おせどう3
「虫送り」とは、昔から田んぼの害虫が大変ですね、今では薬(農薬)でなんとかやっていますが昔は煙でいぶしたりして(?)害虫を田んぼから追い出していたらしいです・・・
頭は龍、体は虫・・・
五穀豊穣と無病息災を祈り、虫人形を先頭になんと荒馬と立ち振りの両方が町内を跳ね踊る凄い歴史的伝統行事です!
田植えが終わった後に行われるらしくて、450年の歴史があります・・・
実はまだちゃんと見た事がありません。
「虫送り」相内地区、荒馬と立ち振り・・・絶対いつか見なきゃです・・・
さて、
先へ行こうとしたら、大きい蜂が現れてですね~、やめました・・・
そして戻って、ちょっと気になった場所へ行くと、まるで誘われるように進みます・・・
おせどう4

そういえばこの神明宮、「オセドウ貝塚」と繋がっていたと思いながらようやく確信♪
おせどう5

「オセドウ貝塚」とは、縄文時代前期~中期にかけて形成されたヤマトシジミを主体とする貝塚で日本海側では珍しかったらしいです。
おせどう6

道路工事によって貝塚が発見され、更に大正12年・・・
相内地区村民によって、貝塚から「伸展葬」による壮年男子の縄文人骨が発見された。
おせどう7

歩き回ると、元の神明宮に戻って来ていました・・・
おせどう8

この内容を調べるには、だいぶ時間がかかるようです・・・
おせどう9

キツツキのマンション・・・
おせどう10

リアル猿の腰かけ・・・
おせどう11

いつか・・・
おせどう12

祭りの時にお邪魔したいです・・・
おせどう13

それまでこの景色はお預けです・・・
おせどう14
場所が福島城址の北側に位置しどうやら鬼門にあたるようで、どうやら神明宮を建てたって感じです・・・

ロマン溢れる十三港ファンタジー♪
まだまだ勉強の価値がある・・・
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「道の駅十三湖」でお食事


こちら、道の駅十三湖♪
実はメッチャソフトクリームが美味しいのです!!
とにかく濃厚なのですが今は冬(爆)
ソフトはやめておきます・・・
道の駅1

おなかが空きました~・・・メニューを堪能・・・
割と遅い時間まで営業しているんですね~・・・こういうとこ他になかなか無いですよね!!
道の駅2

とにかくメニューが豊富です!
これだけじゃないです!!
道の駅5

窓の外は天気が良いと十三湖が見えます・・・
実は厳寒の十三湖・・・換気の為に窓を開けていますが・・・メチャ寒い・・・
実は他に客が一人いて、もう帰りました・・・
お食事が配膳されると「すいません・・・寒すぎて、場所を変えていいですか?」って店員にお願いしますと、「窓を閉めますよ」との配慮!
これは嬉しかった~!!!
寒すぎて、上着を膝に掛けていましたから・・・
道の駅6

そんな丁寧な配慮をして下さって配膳された、「しじみ定食」☆
道の駅7

新鮮なお刺身♪
道の駅8

焼きたての鮭のあんぶらの多い美味しい部分♪
道の駅9

しじみのバター♪
道の駅10

しじみの潮汁♪
うちではしじみは普通にみそ汁仕立てですが、これは少しだけ味噌を入れて出汁で味付けをしているそうです。
私はみそ仕立てが好きですが、これはこれで上品ですよね~( ̄▽ ̄)
道の駅11

時間も結構遅かったです・・・閑散とした店内ですが、きっと今年の夏にはいっぱいのお客さんが募っている事を願っています・・・
道の駅12

是非、ソフトクリームを堪能して欲しい・・・
青森三大ソフトの概念を変える味だと思いますよ☆
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十三港夕景

youtubuは、「W」で優勝した3時のヒロインのネタで使われたこの曲♪

ヤバかった~!!
メッチャ「3時のヒロイン」おもろかったですよ~♪

久々に青森市内、メッチャ天気が良かったです♪
色々片付けなきゃいけない用事があり、青森から今別まで往復していました。
本当は八甲田に向かいたかったんですが・・・しょうがないです・・・諦めますた(爆)
実は生まれて初めて「青森県警」に行って来ました('ω')
一度は入ってみたかったです!!!
あ、別に何もやってませんよ・・・
やってるといえば・・・アレとコレと其れと・・・なんでもないです(爆爆爆)

実は9月に某百貨店でうちの専務が財布を落としたかなんかして紛失届を出していたんですが見つかるものなんですね~
ただ中身の現金は抜き取られてて、無くした場所じゃなく別のお店のトイレで見つかったらしいです(怒)
別のお店に移動して現金だけ抜き取って捨てたんですね・・・それも酷いので罰が当たったらいいのに(呪)
とりあえず、その他の物があったから良かったと思おうと思います・・・(涙)

まあ、久々に専務(弟)との行動なので何かご飯が食べたくってですね~・・・
本当は「のっけ丼」チャレンジしたかったんですが・・・なんだか近場のアスパムに(爆)
ただ朝早かった為、食堂がまだ開店してなくってちょっと時間つぶしにアスパムの2F「パノラマ映画」を観覧!
今年から3Dメガネで見る青森の四季って感じで、ドローンを駆使した360°で青森を感じることが出来る映像がすんごいのです!
青森の四季から祭りまでをいっぱい紹介する映像になっているんですが、今年夏に見に行った時と違ってwinterバージョンと3Dで見る青森の祭りを楽しむ事が出来ました♪
メッチャ八甲田が・・・素晴らし過ぎる(大泣)
八甲田の樹氷が綺麗過ぎて、実は泣きそうになってました・・・
それだけでも凄いと思ったのに、3Dメガネで見る青森の祭りはなんと!!!
青森ねぶたや立佞武多、むつの田名部祭りや八戸三社大祭となんとなんと!!
八戸えんぶりが紹介されていた~~~!!!
見た感じでは、更上閣での演舞で仲町さんと新井田が出演していました♪
えんぶりまで後、2か月です!!
もうだいぶ今から心温めてるのに、更に火が付くじゃないですか~~!!
私をどうしたいの~~???(爆爆爆)
あ、どうもなりません・・・(;一_一)

とにかく色々やらなきゃいけない師走なのに、そんな事やあんな事で心がかき乱されております(汗)

ただ、本当に今日の青森市内は天気が良かったです!
本当は八甲田にでも行きたかったのですが行けなかったのでせめて・・・って、今別から青森まで帰るのに普通に帰りたくなくって寄り道GO!!!

こちらは~・・・なんと十三湖♪
13,1

今別からの帰りに普通に青森市内に帰りたくなくって、丘方面へ(爆)
「丘」というのは、実は昔の人は(うちのおばあちゃんとかの時代)中里とか海から離れた場所の事を「丘」って言っていた。
そこから、どうしても撮りたい夕景の十三(とさ)方面へ♪
13,2

日中は澄んでいた空気の青森県でしたが、午後から霞んで来た・・・
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これじゃ、星も撮れない・・・
13,4
しかたないので、霞んだ中途半端な月・・・
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安藤水軍的 唐川城展望台から得意の妄想♪

はい!小泊の「柴崎城」から移動して、またまた十三湖方面に戻って来まして、一度行った事がある「唐川城」へ☆
マクロス : 天使の絵の具 (リン・ミンメイ & ミレーヌ・フレア・ジーナス Duet Version) ♪



なんだか以前行った時の記憶がありません(爆)
なので改めて行って来ました・・・多分どこかのカテゴリーとか記事には残ってるはず(爆)

とにかく天気が良くって、岩木山がとっても綺麗でした・・・
「唐川城展望台」
唐川城1

このすぐ上の山の方で、平成11年~13年度にかけて富山大学による発掘調査が行われていました。
唐川2

その結果、唐川城は平安時代後期(10世紀後半~11世紀)に築城された高地性環濠集落である事が分かりました。
高地性集落・・・とは???って思って調べたら・・・

※ 日本の弥生時代中・後期に平地と数十メートル以上の標高差があり、平地や海など周囲を眺望出来る山頂や丘陵の尾根上などに形成された集落戸の事・・・

あれ?ちゃんと撮ったつもりだったんですがボケてる???(涙)
唐川城3

十三湖北側の標高160mの独立丘陵にあって、中世に「西浜」と呼ばれた地域を一望出来ます・・・
唐川城4

南部氏によって最後に安東氏が最後に立て籠った詰め城とされていました。
また、菅江真澄の著書「外ヶ浜奇勝」の中では、「阿倍のやからのふる館のあとありと聞て、見にいなん。はた、そこをむかし春品寺といひて、~」或いは、「この山おくに入て、ふる城のありしあと見んといえど「天注一阿倍館いふあり、安日の末、安東のかまへたりしむかしのあとにやあらんかし」と記録しており唐川城については安東氏の館跡であると地元民から聞いて書き記しています。
唐川城5

このあと、どうしてもお腹が空いて道の駅十三湖へGO☆
私は海鮮定食、しじみ汁付き♪
唐川城6

相方氏は、ミニ海鮮丼付きのラーメン定食♪
唐川城7

お腹を満たした後は中世のメインロードであるこの場所へ、その昔何かの怒りでどうしようもなくなった南部氏が火を放った中心街
唐川城8
今はその跡なんかなく畑があるだけ・・・それでいいと思うの・・・昔の悪い事は忘れていいと思うの・・・
ちょっと、立たずんでいたら犬を連れたマダムが話しかけてきました。
マダム 「あんた何やってら?」
P    「え~~っと、私歴史が好きで安東水軍を巡っていまして・・・」
マダム 「ふーん、ここず~~~っと行けるよ!いつも犬と散歩してらんだ!」と、写真を撮らせてもらう♪
唐川城9

十三湖の湖はそれはそれは、静かに・・・
唐川城10


実は中の島ブリッジパーク内にある「安東文化のふるさと」を資料とかビデオとかいっぱいに堪能して来ました。
ただ、撮影が出来なくってあと、少し自分夜勤明けで酔っぱらっていた為にちゃんと見れなくって(爆)
それでも興味がある人には見る価値があると思うわけです・・・
私と相方氏、一時間半くらいいちゃいまいた(爆)
あ、私は夜勤明けで飲んでたのでほぼ寝ちゃっててちゃんと見て無かった(爆)
でも、相方氏はちゃんと見てて「見ごたえあった」とかって・・・(爆)
誰が見に来たのか分からないっす(涙)

とにかく、まだまだ掘り下げれば出て来そうな安東水軍!!
まだまだチャンスがあれば追って行きたいと思っています☆
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ロマン求めて奥州津軽十三湊

冒険のyoutubuにしたくって、考えてみた・・・コレ、どう???世代にはドンピシャじゃない???



え~~っと、実は一度書いた記事が消えちゃいまして力を入れて書いていたのでだいぶ自分落ちてます・・・(涙)
私、何を書いていたんだっけ?
雨にも負けず、風にも負けず、頑張ろうと思います・・・エイエイオ~・・・

はい、雪も溶けたので以前より巡ってみたかったやつをやっちゃいました。
その名も「安東水軍」探訪です~!
ちょっと前説をグダグダやりますね・・・

今からおよそ江戸時代よりも昔の600年前の中世の頃、ここ十三湖がある五所川原市・市浦地区の地域は津軽の豪族・安藤氏が拠点にした場所だったようです。
安藤氏は、十三湊(とさみなと)と呼ばれたこの地で日本海を北方交易でブイブイ\(~o~)/言わせていました。
実はあまり詳しい資料とかないのですが有名なのは「十三往来(とさおうらい)」「津軽一統志」「十三湊新城記」。
更には「三津七湊(さんしんしちそう)」という、室町時代に成立した日本最古の海洋法規集である「廻船式目(かいせんしきもく)」に、日本の十大港湾として記されている三津・七湊の湊湾都市の総称でありますが、その中に十三湊も記載されている程の大きな湊都市だったようです。
ただ東北の地はまだまだ未知なる蝦夷(北海道)のような世界だった為、県外での情報量は少なく掴みどころがない土地だったと思います。
それでも、あちこちの色んな書物にチョコチョコ出て来ると言う事はそれだけのインパクトのある土地だった事には変わりはなかった事でしょう。
いっぱい伝えたい事はあります。
私もチョコチョコ出したいと思います・・・



まず行ったのは、「福島城跡」があった場所・・・
安藤1
「福島城跡は」、十三湖北岸、標高20~30mの丘陵西端部に位置し内郭と外郭の二重構造からなる城郭遺構となっています。
内郭は一辺が約20mの短形をなし、土塁と外堀が巡るまさしく方形居館跡との事。

少し行くと井戸跡などあるようなのでちょっと探索♪
安藤2

ほんの数百メートル行くと、「福島城外郭門跡」の案内がありますが何かあったようには見えなくて想像だけ巡らす・・・
安藤3
先に行っても井戸跡も見つけられないくらいの雑草しか生えてない・・・残念・・・
んでもって、外堀を反対側にず~~っと歩いてみたら・・・
なんと、国道339号に出る・・・
「福島城外堀城跡」
安藤4

どうしても城があった場所に行きたいのです!!!
少し国道を北に進むと・・・行けるのです・・・
安藤5

多分複製なのかも知れませんが・・・それでも、なんだか当時の何かが見える気がしてならない・・・
安藤6

現在では、いいだけ調査をしたのもあって何もなかった状態に戻されています・・・
安藤7

東京大学東洋文化研究所が昭和30年(1955)に調査し、伝承に従って中世安藤氏の城郭ではないかと報告され、その後平成4年(1992)に国立歴史民族博物館が調査を行った所、中世城郭としては異質であり平安時代の後期(10世紀後半から11世紀代)の遺跡ではないかと報告されたようです。
それは大きな議論を呼んで、平成17年~21年度にかけて青森県教育委員会による福島城跡の本格的な発掘調査が進められました。
再調査し、門跡に伴って14世紀後半代の白磁碗が出土し中世に構築された事が分かり、平成17年~21年度にかけて内郭の調査を行った所、中世の武家屋敷が発見されている。
安藤8
「福島城跡」が十三湊の最盛期(14世紀中頃から15世紀前半)の時代に築城されていた事が確実となり、十三湊を支配した安藤氏の居館として利用されていた事が判明している。


え~~~っと、この時の私の服装がもっとラフであればこの地を雑草なんか蹴散らして走り回りたかったです・・・
ちょっとこの時だけ、お嬢さんスタイルだっただけにこれ以上は近づけずでしたが・・・
もう少し安藤シリーズ続きます☆

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