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十三港夕景

youtubuは、「W」で優勝した3時のヒロインのネタで使われたこの曲♪

ヤバかった~!!
メッチャ「3時のヒロイン」おもろかったですよ~♪

久々に青森市内、メッチャ天気が良かったです♪
色々片付けなきゃいけない用事があり、青森から今別まで往復していました。
本当は八甲田に向かいたかったんですが・・・しょうがないです・・・諦めますた(爆)
実は生まれて初めて「青森県警」に行って来ました('ω')
一度は入ってみたかったです!!!
あ、別に何もやってませんよ・・・
やってるといえば・・・アレとコレと其れと・・・なんでもないです(爆爆爆)

実は9月に某百貨店でうちの専務が財布を落としたかなんかして紛失届を出していたんですが見つかるものなんですね~
ただ中身の現金は抜き取られてて、無くした場所じゃなく別のお店のトイレで見つかったらしいです(怒)
別のお店に移動して現金だけ抜き取って捨てたんですね・・・それも酷いので罰が当たったらいいのに(呪)
とりあえず、その他の物があったから良かったと思おうと思います・・・(涙)

まあ、久々に専務(弟)との行動なので何かご飯が食べたくってですね~・・・
本当は「のっけ丼」チャレンジしたかったんですが・・・なんだか近場のアスパムに(爆)
ただ朝早かった為、食堂がまだ開店してなくってちょっと時間つぶしにアスパムの2F「パノラマ映画」を観覧!
今年から3Dメガネで見る青森の四季って感じで、ドローンを駆使した360°で青森を感じることが出来る映像がすんごいのです!
青森の四季から祭りまでをいっぱい紹介する映像になっているんですが、今年夏に見に行った時と違ってwinterバージョンと3Dで見る青森の祭りを楽しむ事が出来ました♪
メッチャ八甲田が・・・素晴らし過ぎる(大泣)
八甲田の樹氷が綺麗過ぎて、実は泣きそうになってました・・・
それだけでも凄いと思ったのに、3Dメガネで見る青森の祭りはなんと!!!
青森ねぶたや立佞武多、むつの田名部祭りや八戸三社大祭となんとなんと!!
八戸えんぶりが紹介されていた~~~!!!
見た感じでは、更上閣での演舞で仲町さんと新井田が出演していました♪
えんぶりまで後、2か月です!!
もうだいぶ今から心温めてるのに、更に火が付くじゃないですか~~!!
私をどうしたいの~~???(爆爆爆)
あ、どうもなりません・・・(;一_一)

とにかく色々やらなきゃいけない師走なのに、そんな事やあんな事で心がかき乱されております(汗)

ただ、本当に今日の青森市内は天気が良かったです!
本当は八甲田にでも行きたかったのですが行けなかったのでせめて・・・って、今別から青森まで帰るのに普通に帰りたくなくって寄り道GO!!!

こちらは~・・・なんと十三湖♪
13,1

今別からの帰りに普通に青森市内に帰りたくなくって、丘方面へ(爆)
「丘」というのは、実は昔の人は(うちのおばあちゃんとかの時代)中里とか海から離れた場所の事を「丘」って言っていた。
そこから、どうしても撮りたい夕景の十三(とさ)方面へ♪
13,2

日中は澄んでいた空気の青森県でしたが、午後から霞んで来た・・・
13,3

これじゃ、星も撮れない・・・
13,4
しかたないので、霞んだ中途半端な月・・・
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安藤水軍的 唐川城展望台から得意の妄想♪

はい!小泊の「柴崎城」から移動して、またまた十三湖方面に戻って来まして、一度行った事がある「唐川城」へ☆
マクロス : 天使の絵の具 (リン・ミンメイ & ミレーヌ・フレア・ジーナス Duet Version) ♪



なんだか以前行った時の記憶がありません(爆)
なので改めて行って来ました・・・多分どこかのカテゴリーとか記事には残ってるはず(爆)

とにかく天気が良くって、岩木山がとっても綺麗でした・・・
「唐川城展望台」
唐川城1

このすぐ上の山の方で、平成11年~13年度にかけて富山大学による発掘調査が行われていました。
唐川2

その結果、唐川城は平安時代後期(10世紀後半~11世紀)に築城された高地性環濠集落である事が分かりました。
高地性集落・・・とは???って思って調べたら・・・

※ 日本の弥生時代中・後期に平地と数十メートル以上の標高差があり、平地や海など周囲を眺望出来る山頂や丘陵の尾根上などに形成された集落戸の事・・・

あれ?ちゃんと撮ったつもりだったんですがボケてる???(涙)
唐川城3

十三湖北側の標高160mの独立丘陵にあって、中世に「西浜」と呼ばれた地域を一望出来ます・・・
唐川城4

南部氏によって最後に安東氏が最後に立て籠った詰め城とされていました。
また、菅江真澄の著書「外ヶ浜奇勝」の中では、「阿倍のやからのふる館のあとありと聞て、見にいなん。はた、そこをむかし春品寺といひて、~」或いは、「この山おくに入て、ふる城のありしあと見んといえど「天注一阿倍館いふあり、安日の末、安東のかまへたりしむかしのあとにやあらんかし」と記録しており唐川城については安東氏の館跡であると地元民から聞いて書き記しています。
唐川城5

このあと、どうしてもお腹が空いて道の駅十三湖へGO☆
私は海鮮定食、しじみ汁付き♪
唐川城6

相方氏は、ミニ海鮮丼付きのラーメン定食♪
唐川城7

お腹を満たした後は中世のメインロードであるこの場所へ、その昔何かの怒りでどうしようもなくなった南部氏が火を放った中心街
唐川城8
今はその跡なんかなく畑があるだけ・・・それでいいと思うの・・・昔の悪い事は忘れていいと思うの・・・
ちょっと、立たずんでいたら犬を連れたマダムが話しかけてきました。
マダム 「あんた何やってら?」
P    「え~~っと、私歴史が好きで安東水軍を巡っていまして・・・」
マダム 「ふーん、ここず~~~っと行けるよ!いつも犬と散歩してらんだ!」と、写真を撮らせてもらう♪
唐川城9

十三湖の湖はそれはそれは、静かに・・・
唐川城10


実は中の島ブリッジパーク内にある「安東文化のふるさと」を資料とかビデオとかいっぱいに堪能して来ました。
ただ、撮影が出来なくってあと、少し自分夜勤明けで酔っぱらっていた為にちゃんと見れなくって(爆)
それでも興味がある人には見る価値があると思うわけです・・・
私と相方氏、一時間半くらいいちゃいまいた(爆)
あ、私は夜勤明けで飲んでたのでほぼ寝ちゃっててちゃんと見て無かった(爆)
でも、相方氏はちゃんと見てて「見ごたえあった」とかって・・・(爆)
誰が見に来たのか分からないっす(涙)

とにかく、まだまだ掘り下げれば出て来そうな安東水軍!!
まだまだチャンスがあれば追って行きたいと思っています☆
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ロマン求めて奥州津軽十三湊

冒険のyoutubuにしたくって、考えてみた・・・コレ、どう???世代にはドンピシャじゃない???



え~~っと、実は一度書いた記事が消えちゃいまして力を入れて書いていたのでだいぶ自分落ちてます・・・(涙)
私、何を書いていたんだっけ?
雨にも負けず、風にも負けず、頑張ろうと思います・・・エイエイオ~・・・

はい、雪も溶けたので以前より巡ってみたかったやつをやっちゃいました。
その名も「安東水軍」探訪です~!
ちょっと前説をグダグダやりますね・・・

今からおよそ江戸時代よりも昔の600年前の中世の頃、ここ十三湖がある五所川原市・市浦地区の地域は津軽の豪族・安藤氏が拠点にした場所だったようです。
安藤氏は、十三湊(とさみなと)と呼ばれたこの地で日本海を北方交易でブイブイ\(~o~)/言わせていました。
実はあまり詳しい資料とかないのですが有名なのは「十三往来(とさおうらい)」「津軽一統志」「十三湊新城記」。
更には「三津七湊(さんしんしちそう)」という、室町時代に成立した日本最古の海洋法規集である「廻船式目(かいせんしきもく)」に、日本の十大港湾として記されている三津・七湊の湊湾都市の総称でありますが、その中に十三湊も記載されている程の大きな湊都市だったようです。
ただ東北の地はまだまだ未知なる蝦夷(北海道)のような世界だった為、県外での情報量は少なく掴みどころがない土地だったと思います。
それでも、あちこちの色んな書物にチョコチョコ出て来ると言う事はそれだけのインパクトのある土地だった事には変わりはなかった事でしょう。
いっぱい伝えたい事はあります。
私もチョコチョコ出したいと思います・・・



まず行ったのは、「福島城跡」があった場所・・・
安藤1
「福島城跡は」、十三湖北岸、標高20~30mの丘陵西端部に位置し内郭と外郭の二重構造からなる城郭遺構となっています。
内郭は一辺が約20mの短形をなし、土塁と外堀が巡るまさしく方形居館跡との事。

少し行くと井戸跡などあるようなのでちょっと探索♪
安藤2

ほんの数百メートル行くと、「福島城外郭門跡」の案内がありますが何かあったようには見えなくて想像だけ巡らす・・・
安藤3
先に行っても井戸跡も見つけられないくらいの雑草しか生えてない・・・残念・・・
んでもって、外堀を反対側にず~~っと歩いてみたら・・・
なんと、国道339号に出る・・・
「福島城外堀城跡」
安藤4

どうしても城があった場所に行きたいのです!!!
少し国道を北に進むと・・・行けるのです・・・
安藤5

多分複製なのかも知れませんが・・・それでも、なんだか当時の何かが見える気がしてならない・・・
安藤6

現在では、いいだけ調査をしたのもあって何もなかった状態に戻されています・・・
安藤7

東京大学東洋文化研究所が昭和30年(1955)に調査し、伝承に従って中世安藤氏の城郭ではないかと報告され、その後平成4年(1992)に国立歴史民族博物館が調査を行った所、中世城郭としては異質であり平安時代の後期(10世紀後半から11世紀代)の遺跡ではないかと報告されたようです。
それは大きな議論を呼んで、平成17年~21年度にかけて青森県教育委員会による福島城跡の本格的な発掘調査が進められました。
再調査し、門跡に伴って14世紀後半代の白磁碗が出土し中世に構築された事が分かり、平成17年~21年度にかけて内郭の調査を行った所、中世の武家屋敷が発見されている。
安藤8
「福島城跡」が十三湊の最盛期(14世紀中頃から15世紀前半)の時代に築城されていた事が確実となり、十三湊を支配した安藤氏の居館として利用されていた事が判明している。


え~~~っと、この時の私の服装がもっとラフであればこの地を雑草なんか蹴散らして走り回りたかったです・・・
ちょっとこの時だけ、お嬢さんスタイルだっただけにこれ以上は近づけずでしたが・・・
もう少し安藤シリーズ続きます☆

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十三湊(とさみなと)浪漫タップリウキウキ探訪♪

歴史は好きではなかったです・・・でも、この仙台の独眼竜正宗は小学生なりになんだか本当に好きだった!

っていうか、渡辺謙が好きだった・・・小学生で私どんな趣味だったんでしょう・・・自分で思うけど、渋いな~(爆)

ってか、youtubuの選曲間違ったかな?こちらは真田丸♪

お好きなyoutubuでどうぞ(苦笑)

え~~っと、雪が溶けるまで待てない件があります!
実は以前より気になっていましたが、とうとう食いつく程になってしまった・・・
特に教科書に載ってるような事は知りません・・・
ただ、青森県民に産まれたからには青森の歴史を知っておきたい・・・
以前、十三湊について記事を書いたけど全然心が入ってない(爆)
そこからどんくらいの年月が経った?今さらハマっている(爆爆)
っていうか、最近歴史が好きだ・・・これも年のせいか???(爆)
とにかく青森の歴史が気になってしょうがない
しかし、ん~びゃく年前の青森の歴史だなんてほぼ書に残ってないあたりが一番ネックなのだけど、だからこそ余計気になる・・・
青森には名の知れた「津軽藩」「南部藩」「斗南藩」「豪族安東(阿倍)氏」が存在した・・・
調べれば調べる程、実際はそれぞれの歴史があり過ぎる・・・
よく知らないですが間違っていたらすいません、誰か間違いを正して下さって結構♪

津軽は元々南部が先祖?南部は岩手方面出身?斗南藩は長野の確か関ヶ原の戦いで青森に落ちて青森にりんごを広めた藩?
その中でも豪族安藤は、「安東」とも「安藤」とも言われていますが、元々の祖先は「阿倍」だそうです・・・
前九年の役(ぜんくねんのえき)1051年~1062年で朝廷側の源頼義と戦った阿倍貞任(あべのさだとう)の末裔とし、阿倍のを本性としていたとの事。津軽海峡を挟んで、蝦夷(北海道)を行き来しアイヌと交流を深め、特に北方産品(昆布、鮭、毛皮)を日本全国と中国やインド(?)にも交易を広げていたようです。
大変大きな水軍だった事が伺えます。
特にこの安東水軍を大きくしたのが、安東宗孝(あんどうむねすえ)だったかな~?
え~~っと、色々調べるうちにわけわからなくなりました・・・

十三港のしじみ漁の場所・・・
十三湊1
正月が明ければ、きっと美味しい寒しじみが~・・・ジュル♪

中世のメインロード♪
十三湊2
実際は、二度滅ぼされてどうにもならなかった大変な街の中心地区

まだ、「十三往来(とさおうらい)」とか読んでないので何も言えないのですが、実際はとっても大きな都市だった模様・・・
十三湊3
とにかく今は雪に覆われている為、何も見えましぇ~ン(涙)

こちらは旧十三湖小学校跡・・・
十三湊4

十三港調査室として使用していたようです
十三湊15

実はまさに、この場所が「豪族 安東氏」の館跡だった模様・・・
十三湊5

このグラウンドが安藤氏の館だったみたい・・・
十三湊6

その後はこちらの「浜明神宮(はまのみょうじんぐう)」
十三湊9
こちらは、十三湊に出入りする船舶を監視する重要な施設であったと考えられているようです。
当時は「濱明神宮」という名前だったそうで、延宝四年(1676)に創建され、文久三年(1863)に境内から119体の懸仏など宗教遺物が出土したとの事。
調べるとこれらの懸仏等の出土遺物は中世十三湊の最盛期(14~15世紀)の頃のモノであり、相当な規模を誇る宗教施設であったと考えられているとの事。
「懸仏」って、何?って思った方はググって下さい(苦笑)
伝説では、そのうちの2体が濱神社に残し、残りの117体は弘前の最勝院に収められたとなっていますが、現在では所在不明だそうです。
ってか、あの最勝院ですか~~??五重塔の塔の~~~?コレは上がります~~~!!まさに私の一代様じゃないっですか~!!!(>_<)フンフン!!
興奮が冷めやらんとです!!!
あ~~、それが本当であって欲しい~~・・・

はい、多分だいぶ確信地で勝負しています!
十三湊10

ただ、宗教施設っていうのがよく分かりません・・・
十三湊11

実は入ってお参りをしたかったんですが・・・誰もいないので断念・・・
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凄い見晴らしの良い神社からの風景はこんな感じ・・・
十三湊13
この木がなければ、もっと見晴らしがイイ・・・
きっと、その昔はこんな木はなかったはず・・・

さてお腹が空いたので、ご飯を食べにここを去ります♪
十三湊14


十三湊(とさみなと)編、少し続きます☆
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つがる市の旅「福島城跡」うさぎ屋さんスペシャル ラスト

ここは道の駅、十三湖高原の側にあります。

昔からお城があったというのは聞いていましたが、いいなぁ~津軽のお姫様になりたかった・・・

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平安時代後期の10世紀後半に築かれたとみられる。10世紀後半から11世紀までの土師器が城域から出土するが、これは北緯40度以北の東北地方北部が中央政権の影響下から離れて北海道で9世紀に始まった擦文文化圏に合流していた時期にあたる。同時代に東北地方北部から北海道渡島半島南部にかけて住居群を堀で囲む防御性集落が盛んに造られていることから、福島城は擦文文化人が何らかの軍事上の情勢に対応して築いた城であると考えられる。

内郭は室町時代前期の14世紀後半から15世紀前半に築かれた可能性が高い。福島城から南西3キロメートルの位置にある十三湊が最も栄えた時期にあたる。

「十三湊新城記[1]」に記された、安倍(安藤)貞季が正和年間(1312年-1317年)に築いたとする新城を福島城にあてる見解がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウィキぺディアより抜粋

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ロマンがあるわ~☆

だから、うさぎ屋さんが言ったように十三湊は一番古い町って事なんでしょうね~!

十三湊=とさみなと

青森在住じゃない方に青森の歴史を習いましたが、やはりなんかつながりがあるようで嬉しいです。

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県外の方が青森に興味があるっていうのは嬉しいですよね。

だって青森ってなんだか本州の端っこに追いやられてたようなイメージがあり、新幹線の開通でようやく全国区に認めて貰えたような感じがするんですがこんな方がいて、そして旅行して下さった知らない方々も青森良かった~!桜綺麗だった~!食べ物美味しかった~!空気がうまかった~!海も綺麗だった~!リンゴの花も可愛かった~!菜の花も見ると幸せな気分になる~!見る物いっぱいあった~!って言ってもらえれば、青森のわげもの(若い人)も、もっときっと自分の故郷が好きになるはずですよね。
そういう私は昔故郷が嫌いでした。
都会に行けば珍しがられたりしましたが、青森に帰れば?と言われたこともあります。
今ならちゃんと言えますよ~☆

「青森さ来いへ~☆」

・・・・・なんか、青森太郎さんみたいですね(苦笑)


青森・十三湊遺跡



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